ロジシンコラム

主体性は、「わがまま」から生まれる

主体性をめぐる、よくある悩み

渡辺まどか
渡辺まどか
こんにちは。
渡辺まどかです。

企業の現場でよく聞く悩みの一つに、
「部下にもっと主体的に動いてほしい」
「指示待ちではなく、自分で考えて動いてほしい」
というものがあります。

目標や方針は共有されている。
やるべきこともある程度は明確になっている。

それでも、メンバーが受け身になっていたり、
意見の対立を避けたり、やりかけの仕事が最後までやり切られなかったりする。

上司の立場から見ると、
「何が足りないのだろう」
「どうすれば主体性が育つのだろう」
と考えたくなる場面ではないでしょうか。

こうしたとき、つい取りたくなるのは、
「もっと主体的に動こう」
「もっと自分ごととして考えよう」
と促す関わりです。

もちろん、その声かけ自体が悪いわけではありません。ただ、ここで一つ立ち止まって考えたいことがあります。

それは、主体性は、正しさや管理によって
外側から押し込めるものではない
ということです。


主体的な行動は、その人の内側にある動機から生まれます。だからこそ、表面的に「自分で考えて」と言うだけだと、かえって相手を思考停止に追い込んでしまうことがあるのです。

主体性の土台にある「わがまま」

では、その動機とは何でしょうか。

私は、主体性の土台には、その人なりの感情があると考えています。

●好きだ、嫌いだ
●楽しい、面倒だ
●熱中する、つまらない
●苦もなくできる、我慢をかさねないとできない

そして、私たちの様々な感情の背後には、
その人なりの感じ方・考え方があります。

何を心地よいものと捉えるのか。
何に違和感や葛藤を覚えるのか。
どうありたいのか。
逆に何をしたくないのか。

そうした、その人自身の内側にある感覚です

私たちは、大人として、
「仕事に私情(=感情)を持ち込むのは良くない」と捉えがちです。

しかし、実際には、私たちは十分に感情的に生きています。
私は、こうした感情を、「わがまま」と呼び、「わがまま」こそ、組織の中で行かされるべきだと考えています。

ただし、ここでいう「わがまま」は、好き勝手に振る舞うことではありません。

本来の「わがまま」は、「我が」の「まま」、
つまり「ありのままの自分」を意味します。

つまり、その人なりの感情を、
ありのままに受け取とったものが、「わがまま」なのです。

「わがまま」は、ありのままの感情であるため、不平・不満などのネガティブな感情が含まれています。

しかし同時に、その人が、何を望んでいるのか、何に納得できないのか、何を嫌だと感じるのか、などの、その人なりの期待・希望・願望と言った、本音ベースの欲求・願いも含まれているのです。

一般的には、「わがまま」という言葉は、どうしても否定的に受け取られがちです。

けれども、個人の内側にある本音や願いまで否定してしまうと、その人が何を動機に仕事をするのかが見えなくなります。
主体性を支えているのは、まさにこの「わがまま」なのです。

職場では、役割や責任、組織からの期待が先に立ちやすいため、こうした個人の本音は後回しにされがちです。

しかし、役割や責任だけで人を動かそうとすると、動機はどうしても外側に置かれます。
●組織の方針や目標
●上司の期待
●現在置かれている環境から推測して適切だと思われる施策。

これらはすべて、人を動かすきっかけにはなりますが、その人の外側にある動機です。

自分の外側にある動機ばかりが先行してしまうと、人は「やらねばならないからやる」ことはできても、「自分がやる意味を感じて動く」状態にはなりにくくなります。

これが、人の主体性が弱く見える構造なのです。

言い換えると、主体性がないように見える人が、実際には怠けているとは限りません。
組織の期待と、自分の内側にある動機がつながっていない。
そのために、動こうとしてもエネルギーが立ち上がりにくいだけだったりするのです。

ネガティブな反応は、問題意識の表れでもある

だからこそ大事なのは、その人の内側にある動機を引き出し、言語化し、共有することです。

ただし、その動機は、組織や上司にとって、必ずしも前向きで耳ざわりのよい言葉の形で現れるとは限りません。

むしろ最初に表に出てくるのは、
●嫌だ
●面倒だ
●気が進まない
●なんとなく引っかかる
といったネガティブな反応であることも多かったりします。

ネガティブな反応だと、つい「やる気がない」「後ろ向きだ」と否定したくなってしまうかもしれません。

それらが、単なる抵抗や未熟さに見えてしまうからです。しかし、相手のネガティブな反応を否定してしまうと、主体性の入口を見失います。

なぜなら、ネガティブな感情や違和感の中には
●本当はこうしたい
●こういう状態は避けたい
●ここには無理がある
といった、その人なりの問題意識が含まれていることがあるからです。

たとえば、部下がある仕事に対して
「面倒です」「あまり気が進みません」
と言ったとします。

それを「主体性がない」と見ることもできますが、別の見方もできます。
例えば、
☑その仕事の意味づけが本人の中でできていないのかもしれない。

☑進め方に無理があるのかもしれない。
☑期待されている役割と、自分の強みや関心がつながっていないのかもしれない。
☑もっと効率化できそうだという感触があるのに、ルールや同調圧力でその違和感を口に出せないのかもしれない。

そう考えると、「嫌だ」「面倒だ」という反応は、単なる後ろ向きな態度ではなく、その人なりの問題意識の表れとして見えてきます。

ここまで来ると、主体性をどう育てるかの見方も少し変わります。

主体性とは、「前向きであること」や「率先して手を挙げること」だけではありません。
自分は何に違和感を持っているのか何を大事にしたいのかを自覚し、それをもとに行動に結びつけられているいる状態を指すのです。

言い換えると、主体性とは、
その人なりの「わがまま」が行動の動機として使えている状態だともいえます。

もちろん、職場で個人のわがままをそのまま押し通せばよい、という話ではありません。
大事なのは、内側にある本音や願いを言語化し、それを組織の文脈とどう接続するかです。


主体性は、個人の動機と組織のミッションの重なりの中で立ち上がります。
組織の期待だけでは、人は受け身になりやすい。
個人の思いだけでは、独りよがりになりやすい。

両方がつながったときに、人は「自分ごと」として動きやすくなります。

おわりに

部下の主体性が弱く見えるとき、私たちはつい、
「もっと考えてほしい」
「もっと前向きに動いてほしい」
と働きかけたくなります。

しかし、その前に見直したいのは、その人の内側にある動機が、きちんと扱われているかどうかです。

好き嫌い、違和感、面倒さ、引っかかり。
そうした一見すると未熟に見える反応の中に、その人なりの本音や問題意識が含まれていることがあります。

そして、その本音や問題意識こそが、主体性の土台になります。

主体性とは、外から与えるものではなく、その人の内側にある「わがまま」が、行動の動機として使えるようになったときに立ち上がるものなのです。

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