渡辺まどかです。
前回の記事では、言いたいことがまとまらないのは、伝え方の技術不足というより、まだ自分の本音が言葉になっていないからかもしれない、という話を書きました。
では、その本音は、どうやって見つけていけばいいのでしょうか。
目次
「やりたいこと」が最初からはっきりしていなくてもいい
ここで、よくある誤解があります。
それは、「本音を言葉にするには、まず明確なやりたいことが必要だ」という思い込みです。
でも、本当にそうでしょうか。
● やりたい
● こうありたい
●これを大切にしたい
というものが、はじめからくっきりした言葉として自分の中にある人は、むしろ少ないのではないかと思います。多くの場合、本音はもっと小さく、ぼんやりした形で現れます。
☑なんとなく気になる
☑なぜか引っかかる
☑これは嫌だなと思う
☑ちょっとやってみたい
☑もう少し知りたい
☑このままでは違う気がする
そのくらいの、とても小さな感覚です。
でも私たちは、そういう小さな感覚を「たいしたことではない」と思ってしまいがちです。
● もっと立派な理由がないといけない
● もっと人に説明できる動機が必要だ
● もっと成果につながるものでなければならない
そう考えると、小さな「気になる」や「やってみたい」は、すぐに消えてしまいます。
けれど、本当は、その小さな感覚こそが「やりたい」や「こうありたい」の芽なのだと思います。
最初から立派な意見になっていなくていい。むしろ、小さな手ごたえや違和感を拾って、言葉にしてみて、少し行動して、そのあとでまた感じてみる。その繰り返しの中で、本音は少しずつ輪郭を持っていきます。
本音は、動きながら少しずつ見えてくる
私たちは、まず明確な理由があり、それから行動するのだと思いがちです。
でも、実際にはそうとは限りません。
● ちょっと気になるからやってみた
● なんとなく引っかかったから立ち止まった
● 少し試してみたら、思ったより楽しかった
● やってみたら、なんだか違う気がした
● 少し話してみたら、もっと知りたくなった
そうやって動いてみて初めて、
「ああ、私はこういうことが大事だったのか」
とわかることもあります。
つまり、
本音は、最初から完成形で自分の中にあるわけではなく、感じて、試して、振り返る中で、あとから言葉になってくることも多いのです。
だから、今の時点ではっきりした「やりたい」がなくても、問題ありません。本音がないのではなく、まだ立派な意見に育つ前の、小さな感覚として存在しているだけ。まだ言葉になっていないだけ。そういうことなのかもしれません。
本音を見つける第一歩は、小さな感覚を否定しないこと
では、そうした小さな本音に、日常の中でどう近づいていけばいいのでしょうか。
大げさなことをする必要はないのだと思います。
むしろ大事なのは、いきなり立派な意見や大きな願いを探そうとしないことです。
本音に近づくためには、まず小さな感覚を否定しないところから始める。
☑眠い
☑やりたくない
☑なんか嫌だ
☑ちょっと気になる
☑本当はこうしたい気がする
そんな言葉を、日記のように書いてみる。きれいな文章にしなくて大丈夫です。前向きでなくてもいい。整っていなくてもいい。人に見せられる言葉でなくてもいい。大事なのは、そこで自分を評価しないことです。
「ああ、私はそう感じているんだな」と、まずは見る。それだけでも、自分の本音や欲求を危険なものとして扱うのではなく、自分の中にあるものとして少しずつ受け取れるようになります。
本音は「正しいかどうか」で選ばなくていい
ここで、もう一つ大事なことがあります。
それは、本音を「正しいかどうか」で選ばないことです。
私たちは、どうしても、正しいもの、立派なもの、役に立つものを優先してしまいます。
「こんなことを思う自分は未熟なのではないか」
「もっと前向きなことを言わなければ」
「これはただの甘えではないか」
と考えて、感じたことそのものを却下してしまう。
でも、本音は、最初から正しさをまとって出てくるわけではありません。
むしろ、
☑なんでこんなことに引っかかるんだろう
☑自分でも説明できないけど気になる
といった、不器用な形で出てくることの方が多い。
だから、本音を見つけるときには、
まず「これは正しいか」ではなく、
「私は本当にそう感じているか」
を見た方がよいのだと思います。
正しさは、そのあとで考えればいい。まずは、自分の感覚を雑に扱わないこと。その方が、結果的には、自分の言葉に近づいていけます。
自分の言葉は、少しずつ育てていくもの
本音を言葉にするというと、何か決定的な一言を見つけることのように思えるかもしれません。
でも実際には、自分の言葉は、一度で完成するものではないのだと思います。
最初は、うまく言えなくていい。まとまっていなくていい。むしろ、「これかな」「いや、ちょっと違うな」と行ったり来たりしながら、少しずつ近づいていくものなのだと思います。
● 何度も書いてみる
● 話してみる
● 違和感を感じる
● 言い直してみる
その繰り返しの中で、「ああ、この言葉はしっくりくる」と思える瞬間が少しずつ増えていく。
本音は、どこかに隠れている答えを一発で掘り当てるものではなく、自分の中にある小さな反応を見つけて、言葉として育てていくものなのかもしれません。
おわりに
自分の言葉で伝えるために必要なのは、最初から立派な意見を持つことではありません。
むしろ大切なのは、自分の中にある小さな感覚を無視しないことです。
● なんとなく気になる
● 少し引っかかる
● これは嫌だなと思う
● ちょっとやってみたい
そういう小さな反応を、「こんなこと」と切り捨てないこと。正しいかどうかを急いで決めず、「私はそう感じたんだな」と受け取ってみること。
その繰り返しの中で、本音は少しずつ言葉になっていきます。
そして、本音が言葉になってくると、伝える順番や表現も、自然と選びやすくなっていきます。
自分の言葉で伝える、というのは、うまく話す技術のことだけではなく、自分の中にある小さな本音を、見失わずに育てていくことなのだと思います。



