PROFILE

渡辺まどか(わたなべ まどか)
コンサルタント、ロジカルシンキング・コミュニケーションスキル研修講師
日本コーチ連盟コーチングファシリテーター

東京大学文学部思想文化学科卒業。
SIベンダーでのSE経験ののち、コンサルティングファームにて、戦略コンサルタントとして企業の新規事業立ち上げ支援・営業戦略策定・業務改善など幅広い領域のプロジェクトに携わる。

また、クライアント向け・社内向けの研修プログラムの企画・コンテンツ制作等も手掛ける。退職後はコンサルタント・研修講師として独立。

私はロジカルシンキングの講師をしながら、多くの方が

「自分は論理的に考えることが苦手だ」

「論理的に伝えることができない」

と悩んでいるのを見てきました。

しかし、講師の目から見ると、その悩みは、人によって大きく異なり、
一様な教え方では受講者の方の悩みは解決しないということに気づきました。

誰もが「考えるのが苦手」「うまく伝えられない」のではなく、

自分のクセを知らずに、
「こう考えなければロジカルではない」
「こんな風に伝えられなければロジカルではない」と
”ロジカルシンキング”という枠に
自分を無理やり当てはめようとしている

だけなのです。

私はそれぞれの個性に合わせた論理思考・ビジネススキル基礎を身に着けるサポートをするため、講座では

一人一人の個性に合わせた
ロジカルシンキングのトレーニング方法

をお伝えしています。


 

私がなぜ、今の仕事をしているのか?

なぜ、それぞれの個性に合わせたロジカルシンキングのトレーニング方法をお伝えしたいと思っているのか、私のストーリーをお話したいと思います。

田舎の優等生〜居心地の悪かった大学生時代

東北出身の私は、友達は少なく、田舎の優等生タイプでした。

学校のクラスのカーストで言うと、下の方。
ただ、何分成績が良かったので、無下にできない存在、そんなポジションでした。

それでも高校までは、狭いコミュニティの中で心地よくいられることもありました。

しかし、大学進学のために上京してから、それが崩れ去ります。

私は東大文学部へ入学しました。

成績が良かったから東大に入ったものの、実は本当にやりたいことがあったわけではなかったのです。

しかも、周りは東京出身でサブカルに詳しい人が多く、それが全然わからない自分はコンプレックスの塊に。

好きことや夢中になれることがないと大学生活はとにかくしんどい。
居場所がなくて、めちゃくちゃ居心地の悪い大学時代でした。

渡辺まどか
渡辺まどか
ハァ〜、早く社会に出たいな

社会に出て仕事をこなせば、きっと居場所を与えてもらえるだろう

当時はそんな気持ちだったと思います。

大学時代、ある出版社でアルバイトをしました。

その際、webサイトのシステム開発で、SEの方と仕事をする経験があり、漠然とEビジネスに興味を持ち、就職してSEになりました。

会社員(SE)時代〜面倒くさい新入社員

2001年入社したその会社では、かなり恵まれていました。
希望通り、Eビジネスの企画・デザインの担当に配属され、いろいろ任せてもらえましたが、

当時の私は、

渡辺まどか
渡辺まどか
納得しないと私、動きません!

というめんどくさい新入社員でした(笑)

当時は「これがやりたい」「これが好き」「自分はこう在りたい」というものがなく、
仕事をこなせば、能力が高ければ、居場所をもらえる!と思っていました。
それは、逆に言えば、能力が高くなければ、自分のことも他人のことも認められないということ。

だから、上司や先輩にも、ビジネスパーソンとしてのスキルがあって当然。
きちんと体系立ててロジカルに考え、説明できて当然。
それができなければ上司として、先輩として認めません(!)というような、極端な思い込みを持っていたように思います。

例えば、

渡辺まどか
渡辺まどか
部の説明方針がなってません。ちゃんと説明してください!

と、上司を捕まえて遅くまで付き合わせたり(当時22,23歳)

今思うと、論理的であるということに固執しすぎて、周囲の人と信頼関係を築く、ということを軽視していました。

しかし、周りはみんないい人で、その会社では、特に痛い思いをすることもなく過ごすことができました。

それが私の闇を増長させていきました。。。

当時、私は、webサイトの戦略の立案から構築までやっていくプロジェクトのデザインチームに配属されました。

そのチームの中のビジネスコンサルの方がおり、その方の仕事の内容にとても興味を持ちました。
自分もビジネスコンサルの仕事をやってみたいと思い、コンサルティング会社に転職。

こうして、私はロジックを強化する道へ進んだのでした。

会社員(コンサルタント)時代〜天職だと思ったのに…

一言で言うと、コンサルの仕事は「天職」でした。

仕事は楽しかったし、ロジカルにものを考え、まとめていくということが、もともと自分の性にあっていたと思います。

若い時にコンサルタントに転職し、ポテンシャルだけで採用してもらいましたが、入社後、めきめきと力をつけていくことができました。
上司や先輩にも評価してもらえるし、自分でも成果も出せている実感がある。

しかし、、、、

・・・やりすぎてうつ病に

コンサルタントの仕事は思っていた以上に体力が必要な仕事。
基本的に終電かタクシー帰りの日々で、
もともとの体力のなさや睡眠不足からうつ病になってしまいました。

でも、一番自分を苦しめ、追い込んだものは、

(成果を出している)”条件付きの自分”しか肯定できない自分

でした。
もちろん、その当時は、自分がうつ病になった原因に気づく由もありません。

ひたすら、「なんで私だけ?!」と、自分の境遇を恨んでいました。

私を苦しめていた「条件付きの自分しか肯定できない私」

「条件付きの自分だけを肯定する」とは、「できている」「成功している」自分は受け入れるけれども、
「できていない」「うまくいっていない」自分のことは見てみぬふりをしたり、自分に徹底的にダメ出しをしてなんとか改善しようとする状態のことです。

「できていない私」「うまくいっていない」私は私じゃない。
そんな私は許せない。
それが「条件付きの自分だけを肯定する」ということです。

でも、本当は、「できていない私」「うまくいっていない私」も自分のはずですよね。
光の当たっている自分は受け入れ、光の当たっていない自分のことは否定する。

そんな自分の価値観が、実は私自身を苦しめていました。
そして、そんな価値観は、人間関係にも深刻な影を落としていました。

コンサルタントとして経験を積み、初めて部下をもって仕事をする時が来ました。
自分でプロジェクトを回すのはできると思っていましたが、
部下と一緒にチームで仕事をすることを、きちんと理解していなかったんです。

プロジェクトを終えた後、その部下に

部下A君
部下A君
もっと任せて欲しかったです

と言われた時に心がポキッと折れてしまいました。

なぜ部下に任せられなかったのか。
それは、成果を出したり、成功するという条件付きの自分しか認められないという気持ちが根底にあったからです。

自分が満足できるような結果を出せなければダメ。
だから、部下を信頼し任せることができませんでした。
部下に対して指示を出すときも、全部地ならしをして、自分が満足できる結果が出るとわかった状態じゃないと
仕事を任せられなかったのでした。

渡辺まどか
渡辺まどか
当時はそんな自分に気付いていませんでした

上司から指示された仕事を自分一人でこなせば成果を出せていたのは、若手のうちだけ。
部下をもって仕事をするポジションになると、仕事も伸び悩むようになりました。
顧客と信頼関係を上手く築くことができなかったのです。

ここでもネックになっていたのは、「できる私でなければならない」という、私の思い込みでした。

クラインアントである年上の大企業の社長さんや事業部長に対して、
「いつでも完璧じゃないといけない」と思っていた自分は、ロジックにロジックを重ね、完璧な理論武装をしてミーティングに臨んでいました。

本来、「顧客と信頼関係を築く」とは、「パートナーになる」ということです。
コンサルタントは、クラインアント同じゴールを見つめる、いわば横に並んで伴走する存在でなければなりません。

しかし、当時はそれが分かっていませんでした。
私はいつも、クライアントを敵とみなし、自分の前に立ちはだかる、クライアントに対して、ファイティングポーズをとっていたんです(笑)

 

渡辺まどか
渡辺まどか
あなたの気持ちに寄り添います

とは真逆の

渡辺まどか
渡辺まどか
私の言うこと正しいでしょっ!!!

というスタンスでした(苦笑)

正しいことを大きな声で、ロジカルに説明すれば、組織は動く! 人は動く!と信じていたといっても過言ではありません。

当然、いつまでたってもお客様と信頼関係を築くことはできない。

条件付きの自分しか認められない私は、お客様に必要とされていると感じることができず、ますます不都合な自分を味わう羽目になりました。

渡辺まどか
渡辺まどか
コンサルとして相手にバリューを提供できない自分は認められるわけがない!

と思い込み、余計に戦闘態勢になって、鎧(ロジックスーツ)で身を固める、そうすると、さらに顧客との信頼関係が築けない…
という負の連鎖が止まりません。

心が折れ、鬱病になった私は会社を休職しました。

休職、そして、、

1年休職して復帰しましたが、なかなか元のパフォーマンスが出せませんでした。

それでも私は、会社を辞めることができませんでした。

渡辺まどか
渡辺まどか
会社を辞めたら、自分の価値がなくなってしまうような気がして…

具合は悪いけど、会社をやめられず、這うように会社に行って、会社の休憩室で夕方まで寝て、そのまま帰るみたいな生活をしていました。

たまに調子がよくなったらちょっとプロジェクトに入って、また具合が悪くなって、、、という日々を約3年。

しかし、2011年の年末も押し迫ったある晩、ふと

渡辺まどか
渡辺まどか
もういいや

と思いました。

まだ、自分を苦しめているものが何なのか、それはわかっていませんでした。

でも、3年間もの間、その苦しい状況を味わい尽くすことによって、
自分がしがみつづけていた「条件付きの自分だけを肯定する」ことを、
手放してもいいかな、と、思えたのかもしれません。

私は会社を辞めることを決心しました。

退職〜フリーの研修講師へ

会社辞めたら、めちゃくちゃ元気になりました。

退職したのが4月。
折しも、夫がリフレッシュ休暇を取得したこともあり、夫婦で2週間のヨーロッパ旅行に出かけました♪

帰国した後は、無職の宙ぶらりんな状態で日々を過ごしていましたが、意外と嫌な気分ではありませんでした。

「天職だと思っていた仕事を辞めた私は価値がなくなってもうダメなんじゃないか」と思っていましたが、

渡辺まどか
渡辺まどか
全然生きてる!私、意外と元気!

会社を辞めたら、「できる自分」ではなくなってしまうのではないか?

無意識のそんな恐れから、3年もの間苦しみ続けていたのに、
実際に辞めてみたら、何も変わらない自分がいました。

私は私のままでいいんだ。

そう思えた瞬間でした。

その後は、キャリアに穴が空くと次に転職する時に恰好がつかない、という理由で、社会人大学院に通い始めました。

健康状態も安定し、友だちもできて順調な日々を過ごしていました。
貯金も残り少なったことだし、そろそろ転職活動しようと思った矢先。
今度は妊娠が発覚します。

ただ、そのころには、心が元気になってきて「働きたい!」という意欲が湧いていました。
エージェントに登録し、出産後にフリーランスのコンサルタントとして働くことを決めました。

また、妊娠期間中に、社会人大学院の仲間と勉強会を開始。

そこで講師をやらせてもらうと、「まどかさん教えるの上手だね」と言われました。
友人のその一言で気を良くした私は、「
セミナー講師・研修講師やろう!」と思い立ち、その足でセミナー講師という肩書きの名刺を作りにいきました。

はじめは参加者に場所代を出してもらうだけの、ごくごく小規模なセミナーでした。
ところが、友達の間でセミナーをやっている内に「これならもっとお金出してもいいよ」と言ってもらえるようになりました。
そして、
だんだん自信もついてきました。

出産して2ヶ月後には友人へのセミナーを再開。
さらに、コンサル時代の上司がきっかけで、研修講師やロジカルシンキングの講師を務める機会に恵まれました。

その後は、セミナーをする機会が欲しくて始めたストアカで、「明日から使える!ロジカルシンキング入門」をスタートさせ、講師としての実績を積んでいくことができました。

コーチングとの出会い

出産後に、収入の口を増やしたいと思ってコーチングの資格を取ろうと思い、あるコーチングスクールに通い始めました。

そのスクールでは、コーチングの技術を教えるだけではなくて、

コーチングの先生
コーチングの先生
自分の才能・個性に気付いて、それを活かせていないとコーチングの技術を実践できません。
まずは自分の個性に気付きましょう

ということを教えてくれました。

様々なワークを通じて、私は

渡辺まどか
渡辺まどか
優秀でなきゃいけない

という価値観にしがみついていた自分に気付くことができました。

「優秀さを持っていない自分はダメ」

「ロジックが通っていない私はダメ」

と自分自身を縛っていたことに気が付きました。

そのことに気が付くと、今までやってきたロジカルシンキングは、それ自体が人格を表すものではなくて、

ロジカルシンキングはコミュニケーションのツールに過ぎない

ということに思い至りました。

”自分の想い”とそれを伝える手段である”ロジカルシンキング”

その両方があって初めて、人は満足のいくキャリアや生き方ができる

ということに、ようやく気付くことができたのです。

それまでロジック100%、ロジカルシンキングができていない人(私)はダメ!だと、心の底から信じ込んでいた私は、ロジックを持っていない自分にも「いいよ」って言ってあげれるようになったのです。

そして、ロジックが通ってない生徒さんのこと見ても「素晴らしい」と思えるようになりました。

あなたの伝えたいことが伝わり合う社会

ロジカルシンキングが強い人は、そのロジカルさはその人の宝物だけれども、それは押し付けるものではありません。
あるいは、ロジカルシンキングが苦手だと思っている人にとっても、ロジカルシンキングは、「だから自分はダメなんだ」と自分を卑下し攻撃するトゲのような存在でもありません。

自立した個人同士が、想いを交わし、

お互いがコラボするためのツール(翻訳機)として

ロジカルシンキングを活用する

そうすることで、コミュニケーションがよりスムーズになり、オープンマインドのやり取りができます。

かつての私は、自分を宝物だって思えることができず、条件付きの自分しか愛することができませんでした。

それは、自分の良さに気付いてなくて、自分の足りないところばかりに目がいってしまっている状態です。
その状態だと、自分が一番強みとしているものを、逆に人にも求めようとします。

それをやられた人は「私はそれが足りない」と足りないところに目がいき、自分の持っている宝物・強みに気付くことができない、、

そんな連鎖が続いてしまいます。

そうではなく、年齢が若くても、経験がなくとも、一人一人が違う強みを持っていて、
その強みを活かすツールの一つとして、ロジカルシンキングがあります。

ロジカルシンキングを使って、

あなたのやりたいことを形にできる

あなたの伝えたいことが伝わり合う社会をつくりたい

私はそんな想いで今の仕事に取り組んでいます。

ロジカルシンキングより大切なもの あなたはロジカルシンキングに対して、 と思っていませんか? コンサルタントがさまざまなフレームワークを使いこなしな...

 

最後までお読み頂き、ありがとうございました!

引き続き、『やわロジ』をお楽しみください。

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